「年間100曲」ペンギンスのコーライトな日々

コーライティング(Co-Writing)で年間100曲を完成させ、職業作曲家としてメジャーアーティストに楽曲提供しているペンギンスが、毎日のコーライティングで想うことを書いてます。

曲を完成させない勇気!?

こんにちは、作曲家のペンギンスです。

 今回はちょっと例外的な話をします。といっても、これまで話してきたポリシーからブレるものではないんですが。
 今ではほとんどなくなりましたが、一昨年くらいまでは「ファーストデモ(メロディーとコードだけの、狭義の作曲のみがされた状態のデモ)を作ったけど完成させなかった」「チームを組んだけど完成しなかった」といったことがしばしばありました。未完に終わったコーライト、始まらずに終わったコーライトということですね。
 いくつか思い当たる原因はあります。メロディーが良くなくて成功の見込みが見えなかった。声をかけたけどお互いモチベーションが上がらず自然消滅、などなど。今では僕が作るメロディーの平均点も上がりましたし、勝手知ったる親しい相手とコーライトすることが多くなったので、作り始めた曲が完成しないことはほぼゼロになりました。もちろん、年間100曲「完成」させるという目標を立てたことによって、完成させずにはいられない仕組みができたことも大きいです。
 でも、だからこそ今振り返ると、それらの曲が完成しなかったのはもしかしたらいいことなのかもしれないと思います。なぜなら、こうして振り返ったとき、個々の未完成曲に対して「このジャンルはやっぱり苦手なんだな、勉強しないと」とか「この曲は顔を突き合わせて一気に進めるべきだったな」とか反省点が浮かんでくるんですね。そしてそれらの反省は別の曲で確実に活かされているんです。つまり、未完成だった曲からも学ぶべき点があり、それは完成した曲へと活かされているってことですね。
 むしろ、うまくいかなくてドツボにはまってしまった曲を、無理やり「置きに行く」感じで仕上げたとしても、その曲がどこかのクライアントに採用される可能性は正直ほとんど無いと思います。だったら残念だけど、「バラシて(無しにして)」しまったほうがいい。楽曲管理Excelに「中断」とか書いて、恥ずかしい思いをしたほうがいい。それはそれで良い勇気だと思うし、クライアントに採用されるという目的を見失って完成した1曲よりも、クライアントに採用されないと判断して中止する1曲のほうが、マクロで見たら価値があるかもしれません。
 これは賛否両論あると思いますが、僕は1曲をあまり重く見ないほうです。ダメなら次。コーライトメンバーがいるわけですが、そのひとたちだって、次の曲に行けばいい。(だから割とその都度コーライトメンバーが変わるほうが僕には合ってます)1曲に囚われて前に進めないよりは、前に進んで新しくもう1曲作ったほうが、楽しいし、経験も積めるし、チャンスも増える。今ではそう思っています。

 

【次回予告】
次回は「コーライト、どうやって声かける?」です。