「年間100曲」ペンギンスのコーライトな日々

コーライティング(Co-Writing)で年間100曲を完成させ、職業作曲家としてメジャーアーティストに楽曲提供しているペンギンスが、毎日のコーライティングで想うことを書いてます。

「仮歌外注」と「コーライト・イン」どっちがいいの?

おはようございます。作曲家のペンギンスです。
毎日暑いっすね・・・
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さて、ここのところ「仮歌発注の注意点」「仮歌に求めること」など、仮歌シリーズが続いていますが、シンプルに、反響が大きいからです笑。割と曲作りに関する精神論というか、文化とか戦略がどうとか、そういうことを文章にするのか元々は好きなのですが、結構みんな具体的なノウハウみたいなところを求めてブログを読んでくださっているんだなというのがここ最近わかってきて・・・なので、なるべく具体的なことも増やしていきたいなと思っています。

さて、コーライティングをテーマにした日本で唯一のブログ、と名乗って3年近くブログをやっていますので、あくまで歌に関しても「コーライティングにおける歌」という観点で考えていきたいと思っています。そこで、今日とりあげたいのがこのテーマです。

 

シンガーは、「仮歌さん」としてギャラを支払うのと、「コーライトイン」でクレジットに入ってもらうのと、どっちが良いのだろう?

 

まず、上記の文章が言ってる意味がわかんねぇよ、という声が聞こえてきたので、その説明からしたいと思います。

J-POPの作曲家が曲を完成させ、それをクライアント(ディレクターやプロデューサー、アーティスト本人やタイアップ先等)に聴いていただくためには、メロディーと歌詞だけでなく、それを実際に歌ってくれる人が必要です。ターゲットアーティストが歌っている完成版が目に浮かぶような、クオリティーが高くて方向性が似ている歌が必要です。これまで、その歌声を手に入れるためには2つの方法しかありませんでした。

1.作曲家が自分で歌う(シンガーソングライターの方などはこれが可能)
2.仮歌さんに「仮歌代」というギャラを払って歌ってもらい、歌のテイクを買い取る(以下「仮歌の場合」と呼びます)

この2つです。しかし、コーライト時代を迎えて、ここに新たな発想が生まれました。それが3番目の、

3.仮歌さんに、シンガーとしてコーライト・イン(コーライティングに参加)してもらう。仮歌代は払わないが、その代わりコーライトメンバーの一員になるので、著作権の一部を持つことになる。(以下「コーライトインの場合」と呼びます)

おおーなるほど。大きな違いだっていうことはすぐわかりますね。

では、仮歌の場合と、コーライトインの場合に、どんな違いがあるのかについて考えてみましょう。ここで大切なのは、その曲に関係するいろいろな人の立場になって考えてみることです。立場が変われば、受け止め方も変わりますからね。今回は考えるにあたりまず「A.経済的な切り口で考える」「B.音楽的な切り口で考える」という2つのアプローチにわけてみたいと思います。さらにそれぞれの切り口において、関係する人々の、3つの立場・・・つまり「クライアント(ディレクター、プロデューサー)」「シンガー本人」「作家(チーム)メンバー」から見るとどうなのか?という点を想像していきたいと思います。

A.経済的な切り口で考える

1.クライアント(ディレクター、プロデューサー等)

まずはお客様第一なので、お客さんの立場から・・・となりますが、多分めちゃめちゃどうでもいいと思います。「とにかく案件にバシッとハマった、良い曲を提供してくれて、コミュニケーションもスムーズで仕事も速い、そんな作家(チーム)であればそこにシンガーがいようが、仮歌が外注扱いになろうがどうでもいい」というのが正直なところでしょう。その通りだと思います。なお、仮にdemoの歌がクオリティーが高いと、コーラスパートの仮歌テイクを買い取らせて欲しい、と仰っていただくケースがたまにあります(アーティストさんの歌と一緒にMIXして本番テイクとして使うため)。この場合買取料としてギャラをいただくことになりますが、仮歌の場合もコーライトインの場合も、その歌を歌った本人が直接ギャラを受け取るだけなので、そこに差はないです。
「仮歌かコーライトインか」というのは、あくまでクリエイター側の事情であるということがわかりますね。

 

2.シンガー本人

次にがんばって歌ってくれるシンガーさん本人から見ると、どうでしょう?これは一長一短があります。

まず仮歌の場合のメリットとして「仮歌代としてギャラをもらえるので、妥当な金額設定をすれば確実に歌ったことの対価を得て黒字になる」というのは重要ですね。シンガーさんもプロとして仕事で歌う以上、「歌って何ももらえない」というのは困ります。
いっぽう仮歌の場合のデメリットとして「めでたく楽曲が採用されて、リリースにこぎつけても、特に何も成果報酬は得られない。さらに言えば、その曲が大ヒットして作家(チーム)が高額の印税を得たとしても、何も追加のお金は入ってこない」ということがあげられます。

次にコーライトインの場合のメリットとして、なんといっても「著作権の一部を、ほかのメンバーといかなるときも必ず等分で(→ここ重要)持つことになるので、楽曲が大ヒットした場合、作家(チーム)の一員として高額の印税を得るチャンス、権利がある」というのが大きな魅力ですよね。収入の上振れ要素があるというのは良いことです!
いっぽうコーライトインの場合、直視すべき現実として「報酬は印税の形式となるため、採用されなかった場合には報酬はゼロ。歌ったことの労力を考えると赤字」というデメリットというか、リスクもあります。歌ってもギャラがもらえない、という点はおさえておく必要がありますね。そして、我々作曲家の仕事の現実として、かなりのヒットメーカーでもプロ野球選手同様、3割ヒット(リリース)なら一流といったところではないでしょうか。これは直視すべき現実だと思います。

 

3.作家(チーム)のメンバー

次に作曲家から見ると、どうでしょう?これも一長一短です。

まず仮歌の場合、メリットとしては「お金で歌を買って、プロの歌を納品してもらい、曲の権利はソングライターとして自分(たち)が確保する」ということができます。正当なギャラを払ってるのだからちゃんと歌ってもらいますし、その曲がすぐれていればヒットの印税は自分(たち)のもの、ということで、これはまあわかりやすいです。
いっぽう仮歌の場合、もう書くのもめんどくさいほど当たり前ですが仮歌代が結構かかります。僕がお願いする方だと昔は3,000円なんてこともありましたが、やはりクオリティにこだわるようになると5,000円からという感じでしょうか。ワンハーフでメインがダブル、ハモりも多くてウーハモ、追っかけ、掛け声もあるなんていうと1万円前後になるケースもあります。年間100曲をコーライトで完成させている私としては、マジでバカにならない金額になります。チームにシンガーがいたりする場合も相当増えましたが、それでもここ数年の確定申告を見ると年間の総額で30万円前後を仮歌さんに払い、それをチームで割り勘(わる3とか)しているという感じですね!

次にコーライトインの場合、メリットとしては経費がかからないです。もう上に書いてあることの、そのまんま逆ですね。
いっぽうコーライトインの場合、デメリットとしては(これをデメリットと考えるかは色々深い問題ですが)著作権のひとりあたまの持ち分が減ります。つまり、採用された場合の印税が減ります。大型案件でめでたく採用!となったことを想像すると、地味に大きいですねこれは。

ここで是非考えておきたいのが、コーライトチームでおそらくは一番直接の作業負担が大きいトラックメーカーの気持ちです。アレンジも含めた採用となれば、トラックメーカーはアレンジャーとして編曲料を受け取りますので、まとまった収入になります。それで報われているといえばそうなのですが、やはり大型案件の収入が減って一番「言葉にはしないけど複雑な心境になる」のはトラックメーカーだと思います。なので、シンガーをコーライトインで、という場合、トラックメーカーがそのことに納得してくれているかどうかは、特に重要だなと思います。

B.音楽的な切り口で考える

 1.クライアント

これも多分どうでもよさそうです。結果が大事なので、良い歌だなぁと思ってくれればそれでOKですよね。音楽聴きながら「さすがシンガーがINしてると、歌が違うわあ・・・」という人は(たぶん)いません。 

2.シンガー本人

次にシンガーから見た場合。

まず仮歌の場合、悩まなくていいというのは大きいみたいです。「メロディー、歌詞は決まっていて、歌い方も指示があり、ハモりのラインも決まってる。とにかくこれを正確に歌う」という仕事はシンプルでありスピードも速く対応できます。
いっぽうで仮歌の場合、どうしても作家(チーム)とは別の存在になりますので「このメロディーはもうちょっとだけ変えるとグッと歌いやすいんだけどな」「掛け声を追加で思いついたけど、入れてしまってよいものか」といった部分は音楽のためだけに親身になって考える余裕はあまりないと思います。

次にコーライトインの場合、その曲をよくするために究極、なんでも言えるしなんでも変えられるというのは音楽を大切にするマインドとしては非常に望むところですよね!作曲家本人が歌えない人(ぼくとか)だったりすると、シンガーの観点から「このメロディーはちょっと・・・変えてもいいですか?良い案があるんです」とおっしゃっていただけると非常に嬉しいです。シンガーのリアル、ステージに立ってる人間の実感を、曲にこめられたら、曲は間違いなく強くなります。同じことが歌詞にも言えるし、特にとても若いシンガー(アーティストやアイドルと同い年とか)に歌詞のちょっとしたフレーズに違和感を感じてもらえたりしたらもう最高です。コーライトインなら、いくらでも一緒に直せますからね。 
いっぽうでコーライトインの場合、これはまあ、上で書いた素晴らしい点の逆のことを言うだけですが、ケミストリーが起きずただ歌うだけなら「なんでシンガーをコーライトインしたんだよ」となりますよね。職人的にうまい歌を歌ってくれた、それはありがたいけど、著作権のクレジットに入るほどのことか・・・?なので個人的には「シンガーならではの、理論じゃなく体で感じた良きハモり」をつけてくれたりすると感動もひとしおですね・・・。

3.作家(チーム)のメンバー

最後に作家から見た場合。

まず仮歌の場合、作曲家として歌詞やメロに絶対の自信があれば、仮歌外注で正確に歌ってもらうに限ります。この場合は仮歌さんに職人の仕事に徹してもらうのがいいんじゃないでしょうか。ケミストリーとかじゃねえ、俺を聴け、と笑。
いっぽうで世界観は広がりませんよね。僕の場合、得意分野ほど仮歌さんに外注で頼み、苦手分野ほど「その分野を得意とするシンガーの方に、いろいろアイデアを助けてほしくてコーライトインでお願いする」というケースが多いかもしれません。

 

いかがでしたでしょうか。経済的な側面から考えること、音楽的な側面から考えること、その両方が必要ですね。そして自分だけでなくほかのコーライトメンバーはどう思うか?(特に、トラックメーカーはどう思うか?)、シンガーにとってはどうか?と相手の立場にたって考えることも必要だとわかりました。

 

これまでの議論をまとめた上で、最後にいきなり全然違う、けれど多分一番重要な視点を提示して、このエントリを終わりたいと思います。それはこの「相手の立場にたって考える」ことに含まれているのですが、相手のポリシー、特に、シンガーのポリシーを尊重することが、これまで述べてきたどの観点よりも大事である、ということです。

シンガーも、作曲家も、音楽を表現する、音楽をつくるという意味でクリエイターであり表現者です。そういった職業にある者ならば、誰もが多かれ少なかれ「自分のポリシー」を持っているものです。

例えばプロの仮歌シンガーとして、高額のギャラをもらい、日々多数の歌を仮歌として歌って生計を立てている人がいたとしたら、この人にとって「仮歌を外注で請ける」というのはひとつのポリシーだと言えます。この人に「クレジットの一部に入って印税がもらえます」といっても、それは魅力的でしょうか?「仮歌で食ってるんだから、ギャラをくれ」と思うのではないでしょうか?それはそれで立派な考え=ポリシーであり、尊重されるべきだと思います。

いっぽうでシンガーソングライターとして個性的な活動をしている人の中には、「私は外注の仕事をうけているんじゃない、自己表現をした結果で評価されるんだ」というポリシーの人もいます。この人にとっては「ギャラ高くするんで急いで歌ってもらえませんか」というのは自分の生き方にそぐわない行為です。「ギャラはいいから、ひとりのソングライターとしてこの曲の仲間に入れてほしい。歌でこの曲の魅力を引き出せるから、クレジットに入れてほしい」と思うのではないでしょうか。これもまた当然立派なポリシーであり、尊重されるべきだと思います。

このようにポリシーというのは原理的に経済的事情よりも上位にくるもので、なおかつポリシーを尊重してこそ音楽的な輝きが生まれるので、経済・音楽の切り口よりもポリシーが最終的には一番優先されると僕は考えています。なので、さんざん書いてきましたが、実は僕の場合、仮歌扱いにするかコーライトインしてもらうかは、ほぼ「シンガーが誰か、その人のポリシーはどうか」で決めてしまっています。両方のケースがある人の場合だけ、まず音楽的にどちらが素晴らしくなるかで判断し、最後に経済的事情を斟酌して決めているという感じです。

シンガーのみなさまや、作曲家のみなさま、というか区別なく、音楽に情熱をそそぐみなさまの参考になれば幸いです。

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