「年間100曲」ペンギンスのコーライトな日々

コーライティング(Co-Writing)で年間100曲を完成させ、職業作曲家としてメジャーアーティストに楽曲提供しているペンギンスが、毎日のコーライティングで想うことを書いてます。

ありがとう、小室さん。

 こんばんは、作曲家のペンギンスです。新年以降マジで更新できてなくてごめんなさい。
 そんななか、皆さんご存知の小室哲哉さんの引退発表がありました。色々な報道がなされる中、堂々引退とは言い難い形で、とても残念です。そして何より寂しいです。日々の音楽をつくる営みをつづけながらも、先週金曜日の発表以降、どこか晴れない気持ちが続いています。
 作曲家としての僕にとって、小室さんは原点であり目標であり偉大な坂の上の雲でした。音楽の父でした。そして、僕に「じっと耐えること」「自分に自信を持って続けること」の大切さを教えてくれたきっかけでもありました。
 僕が中学1年生のころ(1996年)、時代は小室哲哉全盛期でした。ヒットチャートの何割かが小室プロデュースによって独占されミリオンセラーが連発するという今から振り返ると夢のような時代です。当時僕はその華やかで群を抜いた売れっ子ぶりに憧れ、「僕もこのような大人物になりたい」と音楽を志します。
 しかし、同時に当時は小室さんに対する誹謗中傷の嵐が吹き荒れていた時期でした。曰く、「小室の音楽が日本音楽界をダメにした」「シンセサイザーで打ち込んだだけの心のこもっていない音楽」「どれもこれも似たような曲ばかり」etc... 当時中学生だった僕は「こんなに素晴らしい音楽のどこがダメなのだろう」と心の中では思いつつも、周囲のバンドマンの先輩たちの「小室なんか聴いてるやつはダメだ」という言葉に反論するすべを持たず、まるで「隠れキリシタン」のように「隠れ小室ファン」の日々を送っていたのでした。
 そんな私が高校時代に出会ったのが、山下邦彦氏が太田出版から出版した「楕円とガイコツ」という本でした。 

楕円とガイコツ

楕円とガイコツ

 

 小室哲哉、坂本龍一両氏の音楽を分析しながら、「アジアのナイフ」と氏が称する独特の和声感覚、メロディーとコードの刺激的な関係、そこにひそむ魅力と、西洋音楽の限界。そんな論考が繰り広げられる本書は時に独断的、時にセンチメンタルになりながらも代え難い魅力を放つ書籍で、高校時代の僕はこの本に夢中になりました。山下氏は他にもMr.Children、松任谷由実さんなど、僕が大好きな音楽をことごとく高く評価し、分析しています。「そうか、僕が小室さんの音楽を好きなのは、単なる偶然や世代のせい、かぶれたせいなんかじゃないんだ。そこにはある音楽的な構造があって、僕はたしかに、その音楽的な構造に魅力を感じているんだ。」
 ちゃんと、僕の「好き」には理由がある。そう思えたことがその後の僕のミュージシャンライフにとってどれだけ大きな支えになったことでしょうか。「小室が好きだなんて人前で言うな、仕事が来なくなるぞ」「小室が好きだなんて、世代に過ぎない。今にお前もわかるよ。あれは音楽じゃない。ただのパズルじゃないか」どれだけ先輩たちに馬鹿にされようとも、僕は「隠れキリシタン」を続けて今日まで生きてきました。
 時は経ち、小室さんもまもなく還暦。90年代の狂騒も遠い昔となり、ようやくすぎた日々が小室さんの楽曲を世の中に客観的に評価させようとしているまさにそのタイミングでした。これでまた、楽曲の正当な評価が遠のいてしまうのかな、そんな不安もあります。
 でも、僕は負けません。小室哲哉さんからもらった音楽の贈り物を、これからは僕が、僕の楽曲で、次の世代に手渡していきたいと思います。僕が音楽を続けているのは、仕事にしているのは、ひとえにそのためといっても、本当に過言ではないのですから。
 小室哲哉さん、ありがとうございました。小室さんは僕が世界で最も尊敬する人物です。


(写真は2012年2月、ボカロPとして小室さんの楽曲のアレンジアルバムに編曲で参加させて頂いた際に、打ち合わせで頂いたサインです)
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