「年間100曲」ペンギンスのコーライトな日々

コーライティング(Co-Writing)で年間100曲を完成させ、職業作曲家としてメジャーアーティストに楽曲提供しているペンギンスが、毎日のコーライティングで想うことを書いてます。

音楽的にすぐれたコーライトと、採用されるコーライトと、戦略的なコーライトは、ぜんぶ別で、ぜんぶ素敵で、ぜんぶ必要。

こんばんは、作曲家のペンギンスです。

久々に、がっつりコーライティングを論じたいと思います。

今日はタイトルの通り、「音楽的にすぐれたコーライトと、採用されるコーライトと、戦略的なコーライトは、ぜんぶ別で、ぜんぶ素敵で、全部必要だ」というお話をしたいと思います。

いいコーライトってどんなコーライトだろうというのを考えていたら、この3つになったんですね。

1・音楽的にすぐれたコーライト

これは説明不要ですね。「メロディーが感動的」「コード進行がおしゃれ」「トラックが洗練されていて踊れる感じ」「ジャンル感に特徴があり個性がはっきりしている」「歌詞がハッとさせられる現代的な視点を持っている」「ミックスが素晴らしくて曲の完成度が高い」などなど。音楽的にすぐれた要素をもっている楽曲がうまれる、そんなコーライトがすぐれたものであることは、論を俟たないと思います。

2・採用されるコーライト

これもおそろしくシンプルなので説明不要ですね。結果論でしかありませんが、A&Rやアーティストの目に留まり、楽曲採用となり、リリースされれば、それは一定の価値のあるコーライトだったということは当然です。

3・戦略的なコーライト

これがわかりづらいのですが、とても大事です。表現に迷ったのですが、戦略的な意味付けのあるコーライトは、価値があるということです。あえて言うと、戦略的な意味づけのあるコーライトは、たとえできた曲が音楽的にダメでも、採用されなくても、価値があるということです。「えっ、どういうこと?」となるとおもいますので、説明します。

戦略的という言葉は、ビジネス書とかで多用されますが、意味がわかりづらいですよね。僕は読んで字のごとくで「戦いを略すことに役立つ」という意味で考えています。血や涙が流れる悲しい戦い(現代風に言い換えれば「大金失って徹夜して体壊して家族失って」みたいな事でしょうか・・・)を避けて、平和なまま目的を達成しようみたいな意味だと思ってます。そして戦略的という言葉はもう一歩踏み込むと「次へ繋がる」という意味があると思ってます。ネットでぴったりくる図や絵を探したのですが完璧なやつがないので言葉で説明すると、

山登りするときに、いきなり北壁から登ると遭難して死んじゃうけど、

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山頂から逆算して、
自分にとって最適なルートを選び、

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必要に応じてテントを張って拠点を作りながら、

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ゴールを目指していく・・・

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っていう図を結局使いましたけど笑

このように例えば「日本中に愛されるヒット曲を作るぞ」とか「グローバルに高く評価されるプロデューサーになる」とかひとりひとり違えど、目的に対して一生懸命に向かっていく中で、その「通過点」になるようなコーライトができたとしたら、それは「次に繋がる、未来に繋がる」という意味で「戦略的」だなと僕は思います。

無謀に山に登ると死んでしまうが、戦略をもって登れば素晴らしい景色を眺めることができる、ということですね。そういう意味で無謀な登山=戦いを「略」して、計画的に限られた体力や食料のなかで目的(山頂)を目指すというのは、まさに戦略的だと思います。

ぼくらも「限られた歌唱力・演奏力」「限られた機材」「限られた作曲時間」「限られた体力・年齢」「限られた仲間」「限られたコネ」・・・限られた資源(リソース)を最大限活用して、自分の夢を叶えなきゃ、ですよね?まさに、戦略が問われます。それをコーライトでやろうとしているのだから、これぞまさに「戦略的コーライト」です。

そして面白いのは、そういう戦略的なコーライトはじゃあ音楽的にすぐれているに決まっているだろう、そういうコーライトの曲はすぐに採用されるだろう、と思うと、そうではないんですね。別にそれは関係はない。

これは考えてみると自明のことで、そのひとの人生の目標にとって大切なことと、クライアントが求めていることは当然違うし(なんなら毎回オーダーは違う)、そのひとの人生にとって大切な曲と、音楽的に正しかったりハイレベルだったりすることも、また別のことだからです。

だから音楽的に素晴らしいわけでもないし、採用もされなかったけど、あなたの人生にとって忘れられない「転機となったコーライト」というのがもしあれば(僕はあります)、それは戦略的に大変意味のある、価値のある、素晴らしいコーライトなんだなと思います。

・今までにない人脈へとつながっていくきっかけとなったコーライト
・今までにないやり方にチャレンジしたコーライト
・今までにない環境で行われたコーライト
・海外でのコーライト、多国籍でのコーライト、時差のあるコーライト
・自分が一番後輩のコーライト、自分が一番先輩のコーライト
・いつもと違う楽器を使ったコーライト
・いつもと違う役割に徹したコーライト

転機となったコーライトが、登山でいう次の峰への道筋を教えてくれる。次の山への稜線へと続いていく。

そういうコーライトを、偶然だけでなく、自らの力で設計というか、呼び寄せたり手を挙げたりして、次へつながる布石を打っていく・・・まさに、戦略的コーライティングだと思います。

あまり長い記事になるのも良くないので、まとめにかかりましたが。

音楽的にすぐれたコーライティングを追い求めることも必要ですし、採用にこだわることもプロとして絶対に大切です。ただ、その2つの軸とは別に「戦略的コーライト」という軸が存在し、そしてそれは音楽的優劣やビジネス的優劣とは別の、独立した価値なんだ、ということを、お伝えできれば幸いです。